第89章 たそがれ時
面白くて笑うっていうの、久しぶりな気がする。
笑わなかったわけじゃないけどやっぱり自然に笑えるって良いことだな。
「私、幸せを勘違いしていたのかもしれないな。」
「勘違い?」
「なんか、幸せって特別なものだと思ってたから。ボーッとしててもダメだと思っててさ。命がけでつかみにいくものだと…。だから実弥とか、みんながノホホンとしてるのがちょっと理解できなかったというか…。」
「言わせてもらうが雨の日に山に登って一人で突っ走って手に入る幸せって逆になんだ?」
「あんたほんっとうにそういうところあるよねぇえ…!!」
痛いところをつかれて恨み節しか言えなくなってしまった。
「…お前のそういうところに救われた者もいると思うがな。」
「……それってもしかして慰めてくれてるの?」
「そうだ。」
素直な返しをされて驚いた。…え?今認めた?
「何かを捨てて何かを取る…その心はわからんでもない。だが、お前を求める声くらいには耳を澄ませ。」
「…」
「取り返しがつかなくなるところだったんだ。その重みは受け止めろ。今回は帰り道を歩く体力を残したことだけは褒めてやる。」
私は、今まで一生懸命できることをやってきた。周りも何も顧みずに。
実弥にも全部内緒にして、隠して隠して隠してきた。
予想外だったのは、実弥が何にでも踏み込んできたこと。
一つでもおかしいことがあると、私を引きずってでも連れ戻して、目を見て、手を握って、話がしたいと言う人だった。
怖かった。
私でも考えないようにしていたことさえ暴かれそうになって。
私が隠し事をするのを良しとしない人だった。
「………おかしいよね。…こんな私の何がよかったんだろう、実弥は。」
「……」
巌勝はぴたりと足を止めた。
「それは直接聞け。」
顔を上げると、そこは私の家の前だった。到着したことに気づかなかった私は玄関を少し通り過ぎていた。
「余計なことを考える前に言っておくが。」
巌勝はふっと笑った。
「お前の人生、間違った事はなかったと思うぞ。堂々と話してこい。」
「……うん」
嘘でも、真実でも。
たとえ、目を向ける価値もない人生でも。
人は胸を張って生きていかないといけないんだろう。