第89章 たそがれ時
私は茶々丸が何を思って山からのあの距離を歩いてきたのかわからない。
わからないけど。
なんで自分が生きてるとか、知らないけど。
「生まれてきたんだから、幸せになりたいって欲張ってもいいと思うの」
「…その結果が私だ!私にはもう何もない!!」
「そうやって!!!」
木刀を振り上げる。
「みんなが繋いでいてくれた手を自分でひきはがすのはもう終わりよ!!!」
そう叫んで、そのまま彼女の右肩にたたきつけた。しかし彼女はすんでのところで木刀を両手で受け止めた。
「終わりたいんだ、私は」
「……」
「終わりたいだけなんだ」
今にも、泣きそうな顔。
ああ、私はいつもこんな顔で泣いていたのか。
実弥はいつもこの顔の私を見ていたのか。
ぐっ、と更に手に力を込めた。
私がここで彼女を認めれば、私は生きたいと思う自分を否定することになる気がした。
「不思議ね」
私は彼女に笑いかけた。
「あなたはそう言いながら私の前に現れて、実弥とおはぎを助けてくれた。」
「……!」
「そして今日まで生きてきた。」
不思議ね、とまた私はつぶやいた。木刀を受け止める彼女の手から力が抜けていった気がした。
私の木刀が直撃して、彼女は地面に転がって倒れた。
それからピタリとも動かなくなってしまった。
「……ふぅ」
がらん、と木刀を落として私はふらついた。が、巌勝が支えてくれた。
「帰り道は歩くんじゃなかったのか?」
「歩けるよ。あんまり舐めないでよ。」
「で、どうするんだ。」
私は巌勝の手を振り払い、ゆっくりと歩いて彼女の手を取った。
「連れて行く。この山は雨で足場が不安定になってて危険だから。」
「言うと思った。…こいつを見れば不死川はどんな顔をするか……。」
「……怒られちゃうなぁ。」
「殺されないだけありがたいと思え。こいつは私が運ぶが、お前は言ったとおり帰り道は自分で歩くんだぞ。」
巌勝の言葉に私は苦笑した。
私をおぶる巌勝を見ると頭がおかしくなったみたいに思う。
「巌勝、面倒見のいいお父さんみたい。」
「は?」
「阿国と会っちゃえばいいのに。」
「……無一郎を拒否し続けたお前にだけは言われたくない。」
と、いうその言葉には何も言い返せなかった。