第9章 修行
「きょっ・・・杏寿郎さん!?」
杏寿郎が腕の中でオロオロとする名前の首筋に鼻を擦り付け、スー・・・と息を吸い込むと、華奢な肩が跳ねた。
この甘やかで芳しい薫りも、ずっと触れていたくなる様なフワフワと柔い身体も、全て自分の物にしたい。
彼女の眼に映る男は自分一人だけで良い。
彼女を好きだと自覚してから、何処までも深まる独占欲。
彼女の事となると、年下の少年達や父にまで悋気してしまう。
「好きだ」
たった一言で、今まで耐え続けた事全てが無駄になってしまった。
自分の気持ちをそれとなく匂わせてしまう事はあっても、言葉にして伝えるつもりはなかったと言うのに。
「君が好きだ、名前」
何がどうなろうとも自分は鬼殺隊の柱で、その責務を果たす為ならば命すら擲つ覚悟がある。
例え彼女と一緒になれたとしても、それが最善であれば、自分は躊躇わず彼女を残して逝くだろう。
彼女がそれを悲しむと分かっていながら。
「すまない」
それでも、伝えずにはいられなかった。
彼女が愛おしくて、愛おしくて。
これは自分の我が儘だ。
視界に映る名前の耳は真っ赤だ。
少し身体を離してその誰よりも愛らしい顔を覗き込めば、頬を上気させ潤んだ瞳が此方を見上げている。
「どうして、謝るんですか?」
ほんの少しだけ眉をひそめた名前は、私は嬉しかったのに!と不服そうに唇を尖らせた。
「俺は君に相応しく無い。この先きっと君を悲しませる事になるだろう。そう分かっていながら、君に想いを伝えてしまった・・・すまない」
我ながら不甲斐なし、と杏寿郎は肩を落として項垂れた。
すると、名前は苦笑しながら杏寿郎の頭を撫でる。
「謝らないで下さい」