第10章 いくつかの誤解
「大丈夫だ。 いるから」
寝室の戸口に差し掛かった和泉さんがその声を聞いて身動ぎした。
彼の背中越しに目を向けると遥さんがベッドの上で膝を崩して座っている。
「遥……? 何でお前がここに」
「さあ? 何でだろうね…って。 あんたが出張中に借りてただけだ。 それにここはそっちが女とヤる時に使う部屋だからな。 最悪の事態考えて待ってた」
肩を竦めて答える遥さん。
私の視線に気付いて目が合い苦笑した。
「遥さん…」
「旭、だから言わんこっちゃない」
和泉さんはそんな私と遥さんを交互に見て、何らかの関係を察した様だった。
「……俺の婚約者を寝取ったのはお前か?」
「人助けって言えよ。 中学生犯したり女を病院送りにするまで痛め付ける奴が、婚約者とか。 あんたは単に好みの大人しそうな女を自分の好きにしたかっただけだろ」
「人の事を言えるのか? 暴力事件起こす様な野蛮な輩が」
その言葉を受けた遥さんがちらりと私に目を移す。
その後少しだけ視線を下にさげ、面倒そうに口を開いた。
「……俺はそっちみたいに、親父のコネ使ってもみ消したりしなかっただけだ。 やられた女の痛みよりはマシだった筈だ。 あん時の傷はまだ疼くか」
和泉さんが苦々し気な表情で額を手で抑えた。
いつも髪で隠されている場所だ。
立っていた場所から僅かに数歩、後退さる。
想定外の事に動けなかった。
これが兄弟の会話なのだろうか。
まるでよく知っている他人同士のような距離感。