第54章 嵐前の日常
(何か居る。人…じゃない。どうしよう。鬼の目にはこのくらいの速度じゃ見えてしまうかもしれない。こんな目立つ生き物、鬼舞辻に目をつけられてしまう。もし興味を持たれたらユキも危ない…。ううん、バランサーはきっとユキにばかり興味がいっている。見られそうになったら私を見捨てて姿を取り上げるかもしれない。人の私は襲われたら一瞬で……、)
―――パキパキッ
響いた軽く固い音に桜の呼吸が一瞬止まる。
耳を澄ませば聞こえるのは咀嚼音。
(……食事中、だ…………。)
桜は瞬時に先程の音は骨が折れる音なのだと悟った。
―――
走る杏寿郎の胸ポケットが急激に冷たくなる。
それと共に杏寿郎は目を見開きギリッと奥歯を噛み締めた。
杏(責務を全うしようとしただけだ。桜は悪くない。誰も悪くない。状況が悪かった。だが…、)
石が熱くなったり冷たくなったりして緊急事態を報せる。
桜の身に起きている事を想像した杏寿郎は額に青筋を浮かべて足に力を込め直した。
杏(…だが、この様な形で生き別れになるなど受け入れられない!必ず俺が助ける…それまでどうか生きていてくれ…!!)