第105章 無視
「鬼殺隊見聞録には記しませんでした。藤原の希望です。彼女の先祖が京を追われたのは、貴族を害そうとしたから。それでも、流刑に留まったのは、恐らく殺害が帝の指示による物か、大々的に計画された物で、対象が鬼舞辻無惨だったから。それを知ったあの子が、どれだけ傷付いたことか。あの子には、安心して暮らせる家庭が必要でした。数年後に死ぬ両親では、支えになれなかった。だから、外へ出したのです。貴方のことは」
彼女は義一の両手を取り、包み込んだ。
「本当に愛していたの! 貴方の命が何より大切だった!! 一日でも長く、幸せに過ごして欲しかった。貴方の為なら、身体も命も惜しくは無かった!! これは本当!! 私を信じて!!!」
「もう良いんだ」
義一は、肩の力を抜いて答えた。
「もう良い。命より尊い何かを犠牲にしなければ、幸せを得られない時代は終わったんだ。普通に、当たり前に、一緒にいよう。誰かを傷付けるためではなく、お前が幸せになる為に、一緒にいて欲しい」
「⋯⋯義一君」
宇那手は、クマを傍に置くと、義一の首に抱き付いた。
「貴方は私が好き? 本当に?」
「好きだ」
「スケートを止めれば、何れ私は世間に忘れ去られて行く。でもそれまでの期間、貴方は嫌な思いをする事もあると思う。今日みたいに、移動一つ取っても。昔と同じ様に、私の傍にいる事で不快な思いをしたり、不利益を被ったりすると思う。⋯⋯それでも」
宇那手の声は涙に掠れていた。
「それでも⋯⋯まだ⋯⋯貴方は私を好きだと言ってくれるの⋯⋯?」