第84章 最期の伝言
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「胡蝶さん」
時透は、宇那手の遺書を握り締めて、蝶屋敷を訪れた。胡蝶は目に見えてやつれていた。
「時透君? どうしました? 身体の具合が悪いんですか?」
「姉さん⋯⋯火憐さんの遺書を見せて貰いたいんです」
彼は勝手に診察用の椅子に掛けた。
「おかしいと思う事があって。僕は、里で火憐さんが手紙を書く姿をずっと見ていました。あの人は言葉を大切にする人で、手紙を書く事にかなりの時間を費やしていた。でも、遺書は異様に短かったんです。これが、何時預けられた物か分からないんですが、何か⋯⋯変な気がして」
「⋯⋯貴方もですか」
胡蝶は、引き出しから遺書を取り出した。
「此処には薬の名前が書かれていました。確かに組み合わせれば劇薬になるのですが、鬼に対して使うには、些か不適切なのです。かといって、人間に対して使用するべき物でも無く、不可解でした」
時透は、手紙を受け取って目を通した。
──阿片
──甘草
──銀杏
「⋯⋯これ⋯⋯そうか!」
時透は自分の手紙を胡蝶に差し出した。
──時透君。
──生まれて来た事に感謝を。生きて行くこれからに希望を。
──信じた道を歩んで欲しい。
「変だったんだ。あの時、あまねさんの一番傍にいたのは、悲鳴嶼さん。遺書を一番必要としていたのは冨岡さん。でも、真っ先に渡されたのは、遠くにいた胡蝶さんで、次が僕、その次が不死川さん」
「どういう事でしょうか?」
「最初の文字を横に読むんだ。胡蝶さんと僕の手紙を合わせると、”あかいとうしん”になる。火憐さんは、刀の刃を赫くして戦っていた。その刀で斬られた鬼は回復が遅れた。あの人は、前から重要な内容を分散して伝えてくれていた!!」
時透は、興奮した様子で早口に言葉を紡いだ。
「宇髄さんに聞いたけれど、上弦ノ陸を討った時、火憐さんは、赤い刃を使わなかったって。つまりこれは、かなり最近書かれた物だと思います! これは──」
「遺書では無いかもしれませんね」
胡蝶も、泣き出しそうな表情で頷いた。
「そうであって欲しい。⋯⋯多分そう。鬼の医者が、協力を辞めなかった。あの人達と、お館様は、何かご存知なのかもしれない。でも⋯⋯」
彼女は苦しげに唇を噛んだ。