第71章 If〜砂時計〜
宇那手との間に、二児を授かって三年。冨岡は無事、二十六の誕生日を迎える事が出来た。痣の発現から、一日で戦闘が終了したため、生きながらえる事が出来たのだろう。
対して宇那手は、二十四。彼女は鬼舞辻討伐の半年前から痣を出しており、炎の呼吸から、水の呼吸、そして独自の水炎の呼吸に切り替え、日の呼吸を使用している。身体に相当の負荷が掛かっているはずだ。
一日でも、一秒でも長く共に過ごしたいというのに、彼女は日永一日貿易会社の帳簿作成に勤しんでいる。
朝から、夜更けまで、近頃普及し始めた、タイプライターなるものを使用し、文書の作成をしているのだ。
「火憐」
声を掛ければ、彼女は必ず応じてくれる。しかし、残された時間を思うと、どうしてもその先が続かない。
「待ってください。あと少しで終わりますから。蝶子と蔦は寝ましたか?」
宇那手は、穏やかな声で訊ねた。冨岡は今すぐにでも作業をやめさせたい衝動を抑えて、答える。
「ああ。火憐⋯⋯」
──一体何をしている?
──取り憑かれた様に、魅入られた様に、毎日毎日。
カタカタという音が止まり、宇那手は振り返って微笑んだ。
「どうしました? お茶を淹れましょうか?」
冨岡は喉が塞がる様な苦しみを覚えて、言葉が出なかった。彼を庇って、宇那手は右腕を失った。それでも、不幸そうな顔は一際見せず、何時も包み込む様に笑ってくれるのだ。
「義勇さん?」
「火憐」
冨岡は、宇那手の身体を強く抱きしめた。
「仕事が大事か?」
「はい」
「金に困る事は無いだろう? 何をしている? 不自由な身体で⋯⋯もう無茶はやめてくれ!! 俺にも時間が残されていない。お前にも!!」
「⋯⋯必要な事ですので」
宇那手は困った様に微笑み、片腕を冨岡の背に回した。
「ごめんなさい。でも、どうしてもやり遂げなければならないんです。私にしか出来ない。許してください」
「許せない。もっと、俺に時間をくれ。今日は、床を共にして欲しい」
「⋯⋯気持ち悪くはありませんか?」
宇那手は、目を逸らして俯いた。