第70章 隔てる壁
「長い間、ご心労をお掛けしました」
槇寿郎は、深く頭を下げた。
「心から、悔いております。恥ずべき振る舞いをした事、優秀な柱をみすみす死なせてしまった事をお詫び申し上げます。息子は守れませんでした。ですが、日の呼吸の使い手である火憐様は、必ず守り抜きます。私は、私の責務を全うします」
「いえ、私がお願いしたのは、輝利哉様の護衛です。私は最前線で働く柱ですので、護衛は不要です」
宇那手は、はっきりと言い切った。瞬間、冨岡が勝手に立ち上がり、手を伸ばして彼女の腕を掴んだ。
「お前は此方側の人間だ。降りて来い」
宇那手は冨岡の腕にすっぽりおさまってしまった。冨岡は産屋敷に目を向けた。
「お約束通り、二日間の休暇をいただきたく存じます。この娘に必要なのは、見知らぬ地での休養では無く、当たり前の日常です。この先戦闘が激化するのなら、尚更」
「勿論⋯⋯そうしてくれ」
「火憐、家へ帰ろう」
冨岡は腕に力を込めた。
「良くやった。腕を怪我しているな。見せてみろ」
「ちょっと離してください」
宇那手は文句を言って距離を取り、左の袖を捲った。包帯の上に血が滲んでいたが、既に黒く変色しており、止血出来ている事が分かった。
「手当は完璧に出来ています」
「失礼します」
そう言って頭を下げた冨岡に、時透は反射的に石を投げていた。彼の子供じみた怒りの表現に、柱達は面食らった。
「まだ話が済んでないんだけど。鬼舞辻無惨は何処にいるの?」
「お話出来ません」
宇那手の答えに、時透は立ち上がり、刀を抜いた。
「何故庇うの? 情が移った? 僕たちの使命は、鬼舞辻無惨を殺す事でしょう? あんたの腕に傷を負わせたヤツを殺さないと!」
「⋯⋯仕方ありませんね」
宇那手は抜刀し、余裕のある構えで微笑んだ。
「私に勝てたら、教えて差し上げます」
「君、そんなに強く見えないけどな!」
時透は息を大きく吸った。
(弐ノ型八重霞)
しかし、全ての斬撃は宇那手に届かなかった。傍目に、彼女は刀を構えて立っているだけにしか見えない。