第51章 If〜もし主人公を助けたのが、不死川だったら
「テメェ、良い加減にしやがれ!」
不死川は、暗い森の中を、もう四時間は追いかけ回されていた。あと数刻で夜が明ける。
下弦とはいえ、十二鬼月を討った、階級不明の女が追い掛けて来るのは、最早恐怖としか言いようが無かった。
「私を継子にしてください」
「断るっつってんだろうがァ!」
人間相手に技を使うのは憚られたが、何しろ相手が化け物じみているので、不死川は仕方無く刀を振った。ところが女は涼しい顔で避け、抜刀すらせずに着いてくる。
「何が不満でしょうか? 私は強いです。水の呼吸を極めています」
「だったら水柱の所へ行けェ!」
「炎の呼吸も極めています」
「炎柱を頼れェ!」
「風の呼吸も使えます。さっき覚えました」
「ふざけんな! これ以上付け回すならブッ殺すぞ!」
「本望です」
彼女は全く怯まなかった。
(確かに能力は高い。だが、女だ)
不死川は、女の扱いに慣れていなかった。
「テメェ、何で俺に付き纏う?!」
「二年前、貴方に命を救われたので」
その言葉を聞き、ようやく不死川は、不気味なくらい静かな気配の女の存在を思い出した。
彼女は初めて会った時から常軌を逸していた。鬼に変わり果てた母親相手に包丁を振り回し、滅多斬りにしていたのだ。
「あの時の女か⋯⋯。何故剣士になったァ?!」
「才能があったので。それに、貴方に引導を渡して貰いたかった」
彼女の言葉に、不死川は足を止めて振り返った。
「死にテェなら勝手に死にやがれェ!」
「貴方が生かした命です。私はあの晩、両親を殺して死ぬつもりでした。でも、貴方が私から刃物を取り上げ、生きろと言った。私はこの二年間で、より頑丈に、死に難い身体になりました。継子にしてくださらないのなら、殺してください」
彼女の目は、本気だった。改めて観察して見ると、彼女は既に完全に呼吸の制御が出来ており、闘士も並の隊士とは桁違いだった。何故これほどの逸材が、これまで埋もれていたのか不思議な程に。