第82章 駆け引きは恋の始まり・後編〜豊臣秀吉〜
だが、本人には確かめられなかった。
どう聞けば良いのかわからなかったのだ。
夜な夜な二人で会っているのは、事実なのだろう。
恋仲ではないとしても。
あいつが好きでもない奴と夜に会うだろうか?
それがどうしても引っかかる。
自然に聞けば良いとは思うが、自然に聞こうと思えば思うほど、言葉が詰まり、葉月を何度も無駄に呼びかけては「いや、なんでもない」と話を終わらせてしまう。
また泣かせてしまうのでは、と。
俺の口を重くさせた。
…情けない。
「何やってんだ、俺は」
はぁ…とため息をついた。
こんなに自分が臆病だとは思わなかった。
「これじゃ、駄目だよな」
呟きながら、決意した。
針子たちに葉月がどこにいるか聞き、城下に行ったと聞いて走り出した。
どう聞こうとか。
家康と葉月の関係が知りたいだとか、そんなことより大事なこと。
真っ直ぐに、ぶつかってみるか。
全速力で走りながら、もやもやしていた想いが消えていく。
前に見かけた呉服屋に葉月の姿を見つけた。
誰かと話していたが、構わず呼びかけた。
「葉月!」
「…え?秀吉さん?!汗だくじゃないですか。どうしたんですか?」
驚いた様子で葉月が駆け寄って来る。
俺は流れてくる汗を手で乱暴に拭いながら、「ちょっと、良いか?」と葉月を店から連れ出した。
「……どうしたんです?安土城で何か?」
「いや、違うんだ。そうじゃない。お前に話があって、探しに来た」
「私に?」
俺はふう、と息を整えて葉月を見つめた。
「今夜、俺と出かけないか?」
「………えっ?!夜にですか?何か偵察とかそういう…?」
「違う。俺はお前を逢瀬に誘ってる」
葉月は驚いて声も出ないようだった。
頭の中で、光秀の意地悪そうな笑顔が浮かんだ。
あいつに見られたら、また笑われそうだな。
でも、構わない。
俺は嫌だった。
家康と葉月との噂が。
二人の関係が気になって仕方なかった。
それは何故か、わかりたくなかった。
本当はわかっているのに。
…恋仲でも、そうでなくてもいい。
俺の方に向かせたい。
その隙がもしあるなら、俺はそこに賭けたい。
葉月に向かって俺は笑いかけた。
清々しい風が吹き、俺の汗をさらっていった。