第61章 続・ある春の日に〜織田信長〜
するとドンッと誰かとぶつかった。
「あ、すみません…」
「お前の目は飾り物か?しっかり前を向いて歩け」
「はい、ごめんなさ…って、光秀さんじゃないですか」
私は、ぶつかった鼻を摩りながら光秀さんを見た。
光秀さんは、此方を見ていつものように微笑を浮かべていた。
以前は苦手だったけれど、声を掛けくれたあの日から話しやすくなった。
意地悪そうに笑う顔も見慣れて、こうやって会うとほっとしてしまう。
「奇遇だな。散歩か?」
「秀吉さんに城下に連れて来て貰ったんです」
「肝心の秀吉はおらんな」
「あ、あちらに…」
私が指差すと、さっきより人集りが出来ている。
「ほう。遠慮して離れたのか」
「男女問わず人気があるのですね、秀吉さんは」
「まあ、そうみたいだな」
どうしよ。
もう店は色々見たし、時間を潰す場所がない。
でも、秀吉さんと話したい人は沢山いるみたいだし。
そんな風に考えていると、光秀さんが私の肩をちょんちょんと突いた。
「丁度、時間が出来たところだ。また話し相手になってやろうか」
「え、本当ですか?」
「どうだ、あの甘味屋にでも行くか?」
「はい!」
「では、秀吉に伝えてくる」
光秀さんは、すぐにその長い足で流れるように秀吉さんの側に行き、一言二言告げてまた戻って来た。
明らかにムッとしている秀吉さんの顔は見えたものの、会話の内容は聞こえず私は首を傾げた。
笑いながら戻ってきた光秀さんに「なんて言ったんですか?」と聞くと…「いや?」と濁される。
あんまり良いことは言ってなさそうだな。
「光秀さんって優しいのか意地悪なのか、よくわからないですね」
「…お前はどちらだと思う?」
「両方ですかね」
私が答えると、光秀さんが此方を見てふっと笑った。
そして私の方に少し屈むと、口の横に手を当て、まるで内緒話をするように「だがな…」と囁いた。
「俺が優しくしているのはお前だけだ」
「…あの…そういうのやめて下さい。真に受けそうになるので」
「真に受けて良いぞ」
「…やめときます」
「賢明な判断だ」
光秀さんはまた軽く笑い、私の背中を押して甘味に向かって二人で歩いて行った。