第56章 先生と私(現パロ)〜武田信玄〜
「葉月の文章、好きだな…」
先生から溢れたその言葉に、心臓が跳ねた。
文章を好きだと言われているのに、私自身を好きだと言われているように錯覚してしまう。
「頑張ったね。よくまとまっているよ」
「ありがとうございます」
「もう、俺の役目は終わりかな?」
「…え?」
「聞いてない?今月までなんだ。家庭教師」
「…聞いてないです。どうしてですか?」
「お金も貯まったし、まぁ色々とやることがあるからね」
「そうなんですか…」
どうやら、寂しいのは私だけのようだ。
先生の表情は何一つ変わらないもの。
先生はこれから社会に出ていくんだ。
スーツの似合う先生を見るのは、きっと私じゃない。
横に並ぶのも私じゃない。
…きっと、先生より背が低めな可愛らしい方と。
私の知らない道を歩いて行くんだわ。
「今まで、お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ」
「ー…お待たせしました。ケーキセットです」
店員さんがテーブルに二つ、ケーキを置いた。
美味しそうなケーキ。
シフォンケーキの横にはたっぷり生クリームを添えて。
季節のタルトは私の好きなチョコといちごだ。
それなのに、なぜ…?
急に色褪せて見える。
「…いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
私がフォークでゆっくりとシフォンケーキを一口サイズに切ると…そのまま口に入れる気にならず手が止まる。
「…葉月?」
「あ、いえ」
変に思われたくなくて、すぐに口に入れた。
先生の言う通りだった。
ふわふわと柔らかく、美味しかった。
「ん〜っ!」
「どうだい?」
「美味しいです。すっごく」
「…そうか、良かった」
先生の目が優しげに細まる。
そして、コーヒーを飲みながら嬉しそうに言った。
「葉月なら気に入ってくれると思っていたんだ」
いつもならもっと浮かれていただろう。
先生のその言葉にも。
この状況にも。
家庭教師じゃなくなったら、この人は私となんて個人的に逢ってくれないだろう。
こうやって逢えるのは最後なんですね?
だから、私と外で逢ってくれたんですよね?
…わかってます。
余計なことは言いませんね。
「美味しくて、先生にあげたくなくなりました」
「おやおや、ひどいな…」
「ふふっ、ごめんなさい。いただきます♪」
そう無邪気に笑顔を作った。