第30章 涙を流す場所〜織田信長〜
長い長い廊下を走る。
着物だと走りにくい。
足が絡まりそうになる。
それでも、構わない。
心はもう、あの人のもとに向かっているから。
『女の子は泣いては駄目。笑顔でいなさい』
そう、母の教えを守ってきた。
私は人前では泣かないようにしてきたのに。
この涙を受け止めてくれる人が出来てしまったのだ。
天守閣に行き、飛び込んで行く。
「葉月か…。今宵はどうした?」
そう言ってくれる声が聞きたくて。
私は貴方のところに来たんです。
私はまた、わぁーっと声を出して信長様の膝で泣いた。
信長様はいつも何も言わない。
泣くな、とも。
泣け、とも。
ただ、静かに背中を摩ってくれる。
その大きく温かい手のひらの感触を背中から感じると、余計に泣けてきてしまう。
そして、最後は…
「またか。全く、こいつは」
…泣きながら寝てしまうのだ。
幼な子のようだ。
信長様の前だと、私は。
甘え過ぎなのかもしれない。
でも、信長様の手のひらが好きで。
ゆっくりと摩ってくれるこの手が。
男らしい、少し日に焼けた手が。
あの手が欲しくなる。
きっと、その手で消した命もあるだろうに。
全くそれを感じさせない。
二人きりのあの人は、全然違う。
私は哀しいことがあると、思い出してしまう。
貴方の体温を。
私を見つけた時の優しい眼差しを。
ただ受け止めてくれる、あの安心感を。
でも、私たちはそれ以上でも、それ以下でもない。