第21章 私、人妻です〜織田信長〜
「帰りたいのか?」
私は頷くしかない。
これ以上ここにいたら、私はあなたを愛してしまいそう。
それが怖くなる。
一度裏切られた傷が私の心を削っていくような感覚。
素直には、なかなかなれない。
「そう…か」
そう言って、信長様は少し黙ると、ふと思いついたように話し出した。
「なら、その時まで此処にいれば良い。…だが、条件付きだがな」
「条件…?」
「その間、俺の女になれ」
「え?!」
思わず大きな声が出た。
「何を言っているんですか?私は人妻です」
「別に構わん」
「構わんって…理解に苦しみます」
「何がだ」
「信長様なら、他にいくらでもいるでしょう?…そんな、わざわざ私じゃなくても」
「貴様、俺の持ち物を悪く言うな」
信長様は口の端を上げ、私を少し睨む。
「葉月は俺の命を助け、苦しみを隠して此処にいる。しかも、恨み言一つ言わない。良い女ではないか」
「あれは、たまたまで…」
「それでも良い。お前に助けられた命だ。無駄にはしない」
信長様の声が、言葉が、私の心に一つ一つ落ちていく。
まるで、水が少しずつ溜まるコップのように。
私の中が潤っていく感じがした。
「お前の助けになれば、それで良い」
「…また、私を泣かそうとしていますね?」
私が涙目になっているのに気づき、満足そうに信長様は笑った。
「それまで、これは俺が預かっておこう」
そう言って、信長様はさらりと私から指輪を取った。
私は、信長様が私の指輪を外した瞬間、自分の中で何かが弾けた。
その時、強く感じた。
あ、恋に落ちてしまったと。
認めざるを得ないくらいに。
もうどうしようもなく。
それは激しく雪崩が起きたかのような、もう止めどない感情だった。