第9章 温
体に力が入らないようで、翔くんはくたりと椅子によりかかったままで、恨みがましく呟く。
「……いきなりするなって……いつも言ってんだろうがよ」
「ちゃんと、ちょうだいって言ったもん」
ふふっと笑って、翔くんの髪をそっと撫でた。
「……ったく」
潤んだ瞳で俺を見る翔くんは、火がついた体をおさめきれないように見えた。
でも、意地っ張りの彼は、絶対に素面で俺を求めることはしない。
濡れた真っ赤な唇を、腕でぐいっと拭い、翔くんは俺の手を振り払う。
「俺、まだ食い途中……」
箸を握りしめ、続きを食べようとするから、俺は後ろからぎゅっと翔くんの丸い肩を抱いた。
そうして、耳元でささやくと、翔くんの体が分かりやすく強ばった。
「……おかわり欲しいな」
「…………」
聡い彼は、きっとその意味が分かってるはずで。
そして、俺が翔くんに触れてる時点で、今からの展開の予測はたってるはず。
翔くんは、うつむいて少し黙った。
俺が耳にそっと唇を寄せると、びくっとして……俺を睨み付けた。
「……やめろ」
「……やめていいの?」
「………………風呂。入ってからじゃないとやだ」
「んじゃ一緒に入ろ」
「だめだ」
言うなり、ガタガタと椅子をならして立ち上がった翔くんは、
「ぜっったい入ってくんなよ!」
と、怒鳴って、風呂場まで走っていってドアをバタンと閉じた。
……ふふ。
一応、これはオッケーの返事をもらったものと考えてもよい。
俺は、手早くテーブルの上を片付け、寝室の空調を確認しにゆく。
そして、Tシャツを脱ぎ捨て、俺も風呂場に向かった。
意地っ張りな恋人に素直になってもらうために。
fin.