第1章 落ちて拾われて
最初からその形だった物なんて存在しない。
ここで作られている紙も、元は木であり、その木も元は種だった。
種の元は花で、花は蕾の形を経て開く。
というように、物とは多くの存在が不変であり、いつか全く別の形へ変容していくもの。
それが自然。
私自身も、その自然の一つに過ぎないのだろうと、なぜかこんなタイミングで思う。
(鍋を掃除してただけなのになぁ)
細かく砕いた木の繊維は、鍋の中でグツグツ煮詰められてから、紙の原料となる。
その繊維を煮る鍋の中へ、私は滑り落ちていた。
鍋の大きさはせいぜい、風呂釜程度。
底は溺れない程度に浅く、木の爽やかな匂いにまみれているはずだ。
なのに、私は落ちている。
製紙工場の屋根が遠のき、光が細くなる。
私の体は風に包まれ、凄まじい速さで闇にのまれていく。
何も見えない。
自分の身に何が起きているのか分からず、理解する余裕も与えられず。
ただただ、私が落ちていく。
そういえば、こんな話を知っている。
井戸に落ちて戦国時代に迷いこんだ少女、兎を追いかけて穴の中へ飛び込み不思議の国を冒険した少女、竜巻に飛ばされて魔法の国を渡り歩いた少女。
彼女達は、事故で様々な世界へ連れ去られ、最後には元居た場所への帰り道を得る。
私は今、その一人になっているのだろうか。
(だなんて、馬鹿みたいな子どもっぽい現実逃避やね)