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【鬼滅の刃/煉獄】真冬の夜の夢

第17章 駆られる ※








事故で記憶を失ってしまった私に、童磨は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。

教祖の仕事はちゃんとやっているのか心配になるくらいまめに私の部屋までやってきて、その手には菓子を忘れない。

お茶は童磨が飲み頃の温度になったのを確かめてから渡されるし、生活動作を忘れたわけではないのに、食事はひと口ひと口彼の手で食べさせてくれる。

挙句の果てにこの間は風呂まで一緒に入りたいと言い出したから、さすがにそれはできないと断った。だが、彼は私の言葉に眉を下げて落ち込む。
その様子があからさまで、私よりずっと大きな体をしているのにその姿は子犬のようで不憫に思ってしまう。断る時はいつもこうなのだ。


そんな日々を過ごしていたある日、


「奥様、失礼いたします。」


コンコンというノックの後、扉の向こうから女性の声がした。

どうぞと言うと、扉が開き手伝いの者が風呂敷を抱えて一歩入ってきた。

「奥様のお召し物です。」

"お召し物"とは何だろう。そう思ったが屋敷の者とは必要以上に口を聞いてはならないと童磨から言われている。聞き返すのも相手にとって迷惑かもしれない。そう思いお礼を伝え黒い風呂敷に包まれたそれを受け取った。

恭しく頭を下げる彼女を見送った後、風呂敷をベッドにのせ中のものを確認した。


「……浴衣?」

そこにあったのは白地に赤い金魚の浴衣や帯。
事故の日に着ていたものだろうか。ひらひらと白布のキャンパスを自由に泳ぐ金魚に目が惹かれる。


「あ」

するっと帯締めが床に落ち、拾うと、ついていた帯留めに目がいった。

菊の透かし彫りのそれは美しかった。緋色と橙の石がはめられている。


「きれい……」


華奢な作りだが重厚感のあるそれは自分で買ったのか、誰かからの贈り物か。

……私はこの帯留めのことを何も覚えていない。
思い出さなくてはいけない気がするのに……

角度を変え石に反射する光を見つめているとブルっと体が震えた。少しの恐怖心。『思い出して』とその帯留めに責められているような、そんな気がして……。


私は何を忘れてしまったんだろう。

この緋色の石に懐かしさを感じることを、心が激しく拒絶している。





と、扉の向こうから今度は童磨の声がした。
返事をし、急いで包みを元の状態に戻してベッドの下に押し込んだ。





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