第13章 【番外編】碇草 ※
(三人称)
その日、任務を終えたは藤の花の家紋の家に泊めてもらうことにした。
そこはとても大きな家だった。部屋がいくつもある。
お風呂をいただいて、家の人が用意してくれた寝巻き浴衣を身に着けて部屋に戻る途中、ふたりの男性隊士とすれ違った。
手ぬぐいで顔の汗を拭くふりをし、咄嗟に顔を隠す。
軽く挨拶を交わし、足早に部屋へと急いだが、
彼らの会話に足が止まってしまった。
「…今晩、炎柱もこの家に泊まられているらしいぞ。一番西側の部屋にいらっしゃるらしい。」
「本当かよ、会ってみたいなぁ…」
「もう遅い時間だけど、明日の朝なら会えるんじゃないか?」
…杏寿郎さんもこの家にいる……
"炎柱"と聞こえて、体の奥が熱くなった。
それが足のつま先まで広がっていき全身が火照る。
湯上りというのもあるが、
今日対峙した鬼の血気術が、まだ少し体に残っているようだ。
それは催淫術のようで、体にまとわりつく浴衣の感覚ですら快に変えていた。
あの隊士が言うように、もう遅い時間だ。
杏寿郎への挨拶は明日の朝すればよいことに気がつき、ほっとした。
こんな顔で杏寿郎に会ってしまえば、彼はに何があったかすぐに気づくだろう。
それは恥ずかしくて避けたかった。
部屋に入り、縁側へ出て涼む。
火照る体から意識を背けたくて、
今日した蜜璃としのぶとの会話を頭の中で反芻する。
(…杏寿郎さんのことなんて、好き…じゃない。多分…。)
そう心の中で唱えてみたけれど、笑顔の杏寿郎が浮かび
胸の中に違和感が引っかかる。
それが何かはわからない。
彼のことはすごく大切だと思っている。
でも、大切な人がいなくなるあの悲しさに、
次はもう耐えられないだろう。
失うのが怖いなら
最初から深入りしなければ良い…。
あの人に恋愛感情なんて、抱いてはいけないのだ。