
第3章 これが私のハッピーエンド

体が機械に置き換わった私はグリムの卒業に合わせてシュラウド家に引き取られることとなった。イデア先輩の後ろに付いて、名家らしい広い廊下を進む。どこに向かっているのかはまったく全く分からなかった。
「ねぇ、監督生氏。」
何か気まずいことを隠しているような声色。私はふとその後ろにつく言葉が不穏なものであると肌で感じ取っていた。
「どうしたんですか?」
「三年半前、君は僕たちに細胞で出来た体を預けてくれたでしょ?」
否定することはない。それがどうかしたのだろうか。
「実は、君の体を保存していたんだ。高度な時止め魔法で細胞のひとつも壊れていない。」
「へぇ!凄いですね!」
本当にそれがどうしたのだろう。早く本題を言って欲しかった。
「で、その、無理なら無理って断って欲しいんだけどさ。君の細胞を、染色体を、試験管ベビーを作るのに使わせて貰えないかな。」
シュラウド家に嫁いでくれる物好きなんてそういないだろうし…と気まずそうに指をもじもじさせるイデア先輩。それはつまり…私はその指を絡繰仕掛けの手で包んだ。
「良いですよ。この身、自由にお使いください。」
この汚れた身でも何らかの成果を挙げられるなら、それだけで嬉しいものだ。それが特に憎からず思う人の役に立てるなら。イデア先輩は安堵したように息を吐き、ありがとうと呟いた。
それから先輩の行動は早かった。さすがは天才。上手いこと減数分裂した細胞に己の精を掛けて見事受精卵を作り上げてみせた。人工培養した子宮内膜に着床を成功させ、そこを通して栄養を通すことで私の遺伝子とイデア先輩の遺伝子を持った人工胎児はすくすくと育ち、十月十日より少し長く人工羊水に浮かんで居たがついに外に出る時が来た。研究室に産声が響く。命の危険無く産まれてきた我が子を先輩は産湯に入れてやる。先輩の形質が優性だったのか子供は青く燃える毛を持っていた。
「やりましたね、先輩。あとは遺伝病を発症しないか見守らないと…」
「ちょっとタンマ。なんで君はそんな詳しいの?」
我が子が冷たく感じないように何重にも重ね着をして抱き上げると、先輩は問いを投げ掛けた。
「ああ、昔の私は教員と仲良くなって読了済みの研究誌を貰ってたんですよ。そこに試験管ベビーのことが書いてありまして。私の知識はそこからですね。」
ともかく、無事に産まれてよかった、と我が子に用意しておいたミルクを飲ませた。
