第73章 弦音に捕らわれぬ事勿れ
何かがおかしい。
そう気づいていても、止められなかった。
衝動、焦燥。
そのどちらに突き動かされているのか、自分でも分からない。
ただ一つ、彼女にだけは知られたくなかった。
陽の光の下を歩けないのは、私が卑しいからだ。
腕のひと払いで誰ぞを屠(ほふ)り、その血で塗れた肉を喰らう。
とても、人とは思えない所業だ。
ならば、私は彼女の元から消えなくてはいけない。
穢れに触れたものが気枯れるように。
私こそが穢れの元になるのならば、尚のこと。
『白藤』
白く、穢れのない心を持つようにと、名付けたと聞き及んでいる。
彼女は見目も器量も素晴らしい女性だった。
共に暮らせる事が誇りだった。
だからこそ………
無惨の足は闇夜を進む。
月明かりすら差さぬ、深淵へと歩みを進める。
ー了ー