第73章 弦音に捕らわれぬ事勿れ
風で被衣が取れてしまった。
また巻き直さなければ。
白藤は再び被衣を髪が見えぬようにと被り直す。
が、クラりと身体が傾(かし)いだ。
今日は陽射しが強いからだろうか?
倒れてはいけない。
でも今は受け止めてくれる人も誰もいない。
お兄様。
最近は出仕を休まずに連日内裏に参内されている。
それは、あの薬師の薬が、私には毒でも、お兄様にとっては効いているということで。
喜ばしいことのはずなのだ。
それでも、最近何故か心が揺らいでしまう。
産屋敷本邸からの私宛の文に、縁談の儀があると書かれていたからだ。
私はお兄様から離れたくない。
それが、私だけの身勝手な願いだとしても。
倒れ込みそうになった白藤を受け止めた青年がいた。
顔も分からない。
けれども、受け止めてくれた青年の腕の中で何故だか睡魔に誘われるように意識が沈んでいく。
その感覚は水底に沈むのに似ていた気がする。