第73章 弦音に捕らわれぬ事勿れ
舞山は薬師への不信感が高まった。
薬師が彼女を穢したのだと思ったからだ。
「許さない……」
その言の葉は、呪に近かった。
舞山はこの想いが、妬みが、白藤への恋情であることを知らなかった。
彼が愛した人など、今まで誰一人として居なかったのだから。
道満は舞山の話を聴きながら内心ほくそ笑んだ。
詰まるところ、件(くだん)の話題の女房を拐(かどわ)かせばこの貴族は闇に堕ちる。
道満は核心があった。
いや、陰陽師の直感がそう告げていた。
人を呪わば穴二つ。
陰陽師はその呪を払い返せても、常人には対処すら出来まい。
道満は袖の下で1枚の紙片を取り出す。
指に挟んだ紙片に念を込める。
呪を施された紙片は白い鳥となり、道満の意のままに行動する。
道満の式は内裏を抜け出し、舞山の屋敷に向かい、件の女房を探す。
洗濯物を取り込んでいた白藤は式が飛んでき事にすら気づいていない。
ふとすれば、立ちくらみをしてしまいそうになるのを堪えて、白藤は働いていた。