第73章 弦音に捕らわれぬ事勿れ
彼女にとっては、目の前にいる薬師こそが異物に思えて仕方なかった。
「………分かりました」
振り絞った言葉は酷く掠れていて。
でも、きっと……
お兄様が、舞山様が良くなるならば。
それに、倒れたのが私であれば、どうということは無い。
私はお兄様に会うまで、捨てられた子同然に過ごしてきたのだから。
私に親は居ない。
母は私を右京のあばら家で産み落とし、そのまま息絶えていたらしい。
赤子の私を拾ってくれたのは一人の検非違使(けびいし)だった。
夜な夜な聞こえる赤子の泣き声に疑問を抱いたのだと後に側妻から聞いたのはその検非違使が遠方に左遷されたからだという。
白藤を拾った検非違使は身分は高くなかったが。
若く、聡明であったらしい。
検非違使は夜の京を見回るのも仕事の内。
だが、その検非違使は道ならぬ恋をした。
叶わぬ恋を。
故に、白藤を見つけても世話が出来なかった。
遠縁を伝い頼ったのが、産屋敷に仕える側妻の榊だった。