第60章 谷底の社$
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猗窩座は記憶のない白藤を十六夜と名付け、手元で様子を見ることにした。
ようは酔狂だ。
俺は童磨とは違うのだがな。
と、胸の内で毒を吐きながら。
さて、と猗窩座は思案する。
魚や山菜は用意できるとして、調理器具は……
あぁ、社の管理をしていただろう老夫婦が暮らしていた、川向かいのあばら家を覗いてみれば、調理器具は一通り揃うかもしれない。
猗窩座は三尺はあるだろう川幅を助走もつけずに飛び越し、目当てのあばら家へ向かう。
思っていた通り、あばら家には調理器具や縄、炭、布団が置いてあった。
少々黴臭いが、拝借しよう。
誰も居るわけではないが、猗窩座は両手を合わせ、目を閉じる。
祈る神など鬼には存在しないが、彼は律儀にお辞儀をしてから、必要な物をあばら家から持ち出した。