第5章 今日もあなたの音を待つ(荒北靖友)
予想してた中に、自分が入ってるなんて考えもしてなかった。
(つか、考えねェだろ…俺だなんて)
「…窓を開けてると、先輩の声が一番に聞こえてくるんです」
少し荒々しい車輪の音だって覚えてしまった。
それほどに貴方しか見てないって今気付かされてしまった。
「荒北先輩の走りは熱くて速くて力強いから…私も密かに元気貰ってました、ここから…」
弱々しく微笑んで、は最後にごめんなさいと謝った。
「………」
なんつーか、胸につっかかってたモンが取れて身体が軽ィっつーか。
そんな感覚になった。
誰を見てたって?
俺?…俺かよ!!
「……っ、」
荒北の顔に一気に熱が集中する。
「あの、荒北先輩…不愉快だったら謝ります、もう見たりしません…!だから、あの、今までの事は許してもらえないでしょうか…!私ホントに先輩の走り、好きで…!」
「だったら」
「…あっ、」
先程まで唇を覆っていたその小さな手を荒北が握る。
「もっと近くで見りゃいいじゃねェか」
「…え、私、いいんですか……?」
荒北本人が目の前にいて、今までの事を知った上で近くで見ていいって言われた。
今日は奇跡みたいな事がたくさん起きている気がする。
「大好きな荒北先輩の走り、ちゃんと見ます!」
「……っ、テメェはさっきからスキスキ言い過ぎだ!」
「あ、そうですよね…図書委員なのに語彙が少なくてすみません!」
は深々と頭を下げた。
「バッ…!そう言う意味じゃねェヨ…!!…ったく…!」
「あ、あの…」
「あぁ?」
「そ、そろそろ手を…」
に言われて気付く。
そういや手を握ったまんまだった。
でも、ま。
放したりしねェけど。
そう言葉にしない代わりに荒北は握る手に更に力を込めた。
「…走りだけじゃねーぞ、俺自身もスキにさせっから覚悟しとけよ」
「え、」
言いたい事だけ言うと荒北は握っていた手を放し、また乱暴に図書準備室のドアを開けて出て行った。
残されたは気が気ではない。
あ、明日から、どうしよう…?!
最後のどう言う意味ですか…!!
「あ、ちゃんと痛い…」
今起きた事は夢か現か。
はドアを見つめたまま、自分の頬をつねって確かめていたのだった。
end、