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その風は想いを紡ぐ(弱虫ペダル短編集)

第5章 今日もあなたの音を待つ(荒北靖友)


校舎の三階、図書準備室。
本に湿気は大敵だから毎日の換気は欠かせない。
朝一番と放課後一番。

最近は自然とこの時間に窓を開ける事が多くなっていた。

「これも、図書委員の特権ですかね…」

読みかけの本を閉じて箱根学園2年図書委員、は窓の外に目を向ける。

車輪の回る音が遠くから聞こえてきた。


「…ッシャア!!見たか新開ィ!!」
「いやぁ、最後やられたよ靖友」

箱根学園自転車競技部3年の荒北靖友の声。
彼の声こそが毎日待っている声であった。
直接、話した事はない。
けれど毎日聞こえてくる声で彼の人柄は理解してしまった。

がむしゃらに、真っ直ぐな人。

(ふふ、今日は機嫌が良さそうです)

納得のいかない走りや結果になった日は不機嫌な叫び声がここまでいつも届く。

勝気な笑顔で新開の肩を叩く荒北の顔を見れた今日はいい事がありそう、そんな事を考えながらは閉じた本を再開くのだった。




「なんだ、靖友あの教室に何かあるのか?」

ピッタリと閉められた3階の教室の窓。
あそこは確か図書準備室?と新開が答えを言い切る前に荒北は視線を前に戻しぶっきら棒に歩き出す。

「ッセェ!何もねーよ!バァカ!!」
「そうか?てっきりおめさんの気になる相手でもいたのかと思ったよ」
「なっ……?!!そ、んなんいるワケねェだろ!!ふざけた事言ってんじゃねェぞ!!」

新開の指摘はズバリだった。
荒北は朝と放課後の練習の時に時々あの窓から楽しそうに自転車競技部の練習を見てる女がいる事を知っていた。

東堂や新開、真波のファンだとしたらあんな3階の窓じゃなくてもっと近くで見たいと思うヤツが多い。

あそこからではスタートかゴールの瞬間しか見られない。
スプリンターとクライマーの見せ場はここではないのだ。

(毎日、いんのか…?)

新開が泉田と話している最中なのを確認して荒北はもう一度窓を見上げる。
だが窓は変わらず締め切られたままだ。


もう、いねェのか。

何年だ。

名前は。

そもそもそこで誰を見てる。

誰に笑顔を向けている。




「荒北」


窓を見上げたまま渦巻いた感情だけが思考を支配していた。
そんな時、福富の声で我に返る。

「ミーティングだ」
「…あぁ、今行く」

いつかその答えを聞けるだろうか。
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