第7章 007
ところが、丁度死角にいるせいか、健太は成瀬の視線には気付かず、慌てた翔太郎が咄嗟に健太の元へと駆け寄った。
「なんか、話し聞きたいみたいだけど…」
見るからに不安そうな表情を向ける翔太郎に、
「分かってるよ、余計なことは言わねぇから心配すんな」
それだけを言うと、小さく息を吐き出してから、すっかり根が生えてしまっていた腰を、漸く上げた。
ソファにドカッと腰を下ろし、両腕両足を組んだ健太は、仮にも自分が清掃員であることを忘れてしまったかのようにも見え、そしてその横柄とも取れる態度は、ホテル社長でもある鮫島の怒りに触れてしまう。
「き、貴様、さっきから黙って見ていれば、随分な態度ではないか」
突然鼻息を荒くした鮫島に、船を漕ぎ始めた大野の肩がビクンと跳ね上がった。
「大体、一介の従業員…、しかも清掃員如きが、社長の俺と席を共にするなど言語道断。けしからん!」
徐々に語気を強める鮫島に、それまで黙って考え耽っていた榎本が、
「今は感情的になっている場合ではありません。少し落ち着きましょう」
と愉にかかるが、それでも鮫島の怒りが収まることはない。
結局見かねた成瀬が、それまで手帳に走らせていたペンを置き、その顔から、ずっと面のように張り付いていた微笑みを消すことで、一瞬室内の空気を一変させた。