第6章 006
「あのぉ…、一体何を…?」
バスタブのヘリに立ち、通気口に顔を突っ込み、それが終わると今度は便座の蓋を開け、中を覗き込み…
同じことを何度も繰り返す榎本を、翔太郎は不思議そうに眺め、首を傾げた。
そんな翔太郎に榎本は、黒縁眼鏡をクイッと持ち上げると、
「ちょっとお尋ねしたいのですが…」
表情を変えることなく、翔太郎を真っ直ぐに見つめた。
「な、何でしょう…」
目線の高さは殆ど翔太郎と変わらないから、身長もほぼ翔太郎と同じくらいだろうか…
翔太郎はレンズの奥に見える榎本の、感情の見えない目を見つめ返した。
そして、
「榎本さん…って言ったっけ? アンタ、案外可愛い顔してんのな(笑)」
特に揶揄うつもりもなく、赤いセーターの肩をポンと叩いた。
その時になって漸く、榎本の表情が一瞬変わったのを、翔太郎は見逃さなかった。
一見ボンヤリとしてそうな印象の翔太郎だが、実は思いのほか洞察力には長けているのだ。
榎本は翔太郎が触れた部分をサッと手で払うと、
「電話ですか?」
翔太郎の手の中にある携帯電話に視線を向け、
「ああ、うん、ちょっと仕事の話でね」
「そうですか。では、ごゆっくり」
それ以上翔太郎と言葉を交わすこともなく、榎本はバスルームから出て行った。