第5章 005
「君、コーヒーを淹れてくれたまえ」
ポケットチーフを抜き取り、そう大して汚れてもいない革靴の爪先を拭きなが鮫島が言う…が、鮫島の言う“君”が誰を指しているのか分からず…
翔太郎は首を傾げ、健太は怪訝そうに眉を寄せた。
そもそも、コーヒーを淹れろと言われても、二人共清掃員の格好はしていても、従業員でも何でもないのだから、何をどうしたら良いのか分からないのも当然の話で…
ところが、
「そこの君、早くしたまえ」
再度言い放った鮫島の視線は、ピクリともしない二人を通り越し、パーティションの後ろから、のそのそと這って出てきた大野に向けられている。
「え、俺…ですか?」
「君以外に誰がいる。君も鮫島の社員ならば、社長にコーヒーの一つくらい出すのが、社員としての責務だろう」
「は、はあ…」
どうやら鮫島は、大野を鮫島の社員だと思い込んでいるようだった。
大野は部屋の中をキョロキョロと見回すと、簡易キッチンが備え付けられているのに気付き、至極のろのろとした動きでそこに向かった。
その後を、翔太郎も着いて行く。
とんだアクシデントがあったものの、もしここで大野に逃げられたら…という思いがあった…のかもしれない。