第5章 005
翔太郎も健太も呆然とする中、ゆっくりとした動きで腰を上げた大野が、すっかり腰を抜かしてしまったスーツ姿の男に、
「大丈夫…ですか?」
手を差し出した…が、その手を男がとることはなく、行き場を失くした大野の手は、一瞬宙を彷徨った後、大野の頬をポリっと掻いた。
「あ、あの…、俺、泥棒じゃないから…。それに泥棒って言うなら、俺よりこの…ムグッグッ…」
大野が何を言おうとしているのか、瞬時に察した翔太郎は、スーツ姿の男に向けてあた足を大野に向けると、後ろから大野の口を手で塞いだ。
大野は突然のことに手足をジタバタとさせたが、構わずギュウギュウと大野の口元を押さえ付け、残る片方の手で健太に向かってVサインを作って見せた。
それを見て、今度は健太がスーツ姿の男に手を差し出した。
「あの…、鮫島社長…っすよね? 大丈夫…すか?」
「あ、ああ、済まない…」
スーツ姿の男…鮫島は、健太の手を借りて立ち上がると、スーツの襟を正し、乱れて額にかかった髪を手のひらで撫で付けた。
そして健太を振り返ると、派手な咳払いを一つしてから、ピッと伸ばした人差し指を健太に向けた。
その指先は、やっぱり黒いままだった。