第9章 009
成瀬に名指しされた鮫島は、当然のことながら顔を引き攣らせたが、直ぐに膨れっ面に変わり、
「俺は悪くない。アイツが、俺と智の恋路を邪魔するから悪いんだ…」
まるで駄々でもこねるかのように唇を尖らせた。
「最初は殺すつもりなんかなかったんだ。穏便に済ませようと思ったんだ。でも…」
「言うことを聞かなかった、と?」
成瀬に図星を指され、鮫島が“ウッ”と息を飲んだ。
そして、それまで組んでいた足を解き、一度…ドンと床を踏み鳴らすと、今度はソファの肘掛を拳で叩いた。
「そうだよ。あの男、こっちが下手に出たのを良いことに、脅して来やがったんだ。あろうことか、この俺をだ」
「目的は金…ですか?」
「弘行の奴、会社の金使い込んでたらしくて、それで別れる代わりに金を寄越せって、零治さんのこと脅して…。俺、許せなくて、だから…」
鮫島を想ってのことだろうか、大野の目から再び涙が零れ落ち、大野は両手で顔を覆った。
すると、それまでずっと憮然とした態度を崩さなかった鮫島が、突然立ち上がったかと思うと大野の元に駆け寄り、くたびれたスーツごと大野を抱きしめた。
そして、
「俺が悪いんだ。俺が…。俺がスキャンダルを恐れたばかりにこんなことに…。だからお前は何も悪くない」
人目を憚ることなく、濃厚なキスを始めた。