第9章 009
そう…、榎本は大野の顔に見覚えがあった。
つい1ヶ月前、大手銀行の金庫が開かなくなり、中に人が閉じ込められる事案が発生した。
中に閉じ込められたのは他でもない、榎本が懇意にしている弁護士芹沢だったことから、現場に駆けつけた榎本だったが、その時関係業者として解錠作業を行っていたのが、誰でもない大野だった。
「じゃ、じゃあ何か? アンタ最初っからコイツが犯人だと…?」
「いえ。カードキーの入手経路に関しては、ほぼ大野さんで間違いないとは思っていましたが、殺人については確信が持てませんでした。なので、あえて口を挟むのを避けていたんですが…」
榎本は早口でそこまで言うと、耳の横で親指と人差し指をスリスリと擦り合わせ始めた。
そしてそれを数回繰り返した後、閉じていた瞼をパチッと開くと、
「そうか、そうだったのか…」
まるで独り言のように呟き、口元をニヤリと歪ませた。
「恐らくですが、弘行さんを殺したのは、この部屋に自由に出入りすることが可能な人…。つまり、鮫島社長、貴方ですね」
思ってもなかった名前が上がったことで、二人はソファから転げる勢いで立ち上がった。
そんな二人の前でも、やはり成瀬だけは冷静な姿勢を崩すことはなく、
「やはりそうでしたか…」
襟元までキッチリ締められたネクタイを、指の先を使って少しだけ緩めた。