第8章 008
「そうですか。鮫島社長がそう仰るなら、とりあえずはお二人に関しては後程と言うことにして…」
言いながらい成瀬が大野に視線を向ける。
…が、自分のこととは思っていなかったのか、大野はか今にも閉じてしまいそうな瞼を、勢いよくパチッと開けると、唇の端から垂れた涎を、スーツの袖で拭った。
「え、あ、お、俺…?」
ふにゃっと笑って自分を指差す大野に成瀬は、
「はい。大野さんにお話を伺おうと思いまして」
呆れるでもなく、変わらず笑顔を向ける。
「は、はあ…。でも、俺、別に話すことないですけど…」
「かまいません。こちらから出す質問にお答え頂ければ良いだけですから」
「は、はあ…」
何とも頼りない様子の大野だが、一つ大袈裟な咳払いをすると、丸めた背中をピンと伸ばした。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ?」
成瀬は言うが、連日のようにテレビ見かける弁護士を前に、緊張するなと言う方が無理で…
大野は無言で頷くと、ゴクリと音を鳴らして唾を飲み込んだ。
「ではまず、繰り返しになるかと思いますが、大野さんがこの部屋に入った時の状況から話して頂けますか?」
「はあ…。えっと…、俺がこの部屋に来たのは…何時頃だったかハッキリとは…」
「覚えていませんか?」
先回りして答えを言う成瀬に、大野は何度も頷いて答えた。