第8章 008
「そうか、そうだったのか…」
耳の横で擦り合わせた指を、まるでシリンダーでも回すかのようにクイッと捻った榎本が、小さく呟いて閉じていた瞼を開けた。
「何か分かったんですか?」
すかさず成瀬が手帳を捲っていた手を止め、榎本に視線を向ける。
ところが榎本は静かに首を横に振った。
ただ、黒縁眼鏡の奥に見える視線だけは、どこか鋭さを増したようにも見えなくはない。
「そうですか。芹沢さんからは随分頭のキレる方だとお聞きしていたので、少々期待したのですが…」
残念です、と付け足して、成瀬はまた手帳のページを捲り始めた。
すると榎本は、自身が揶揄されたにも関わらず、表情を全く変えないまま、スッと立ち上がり、翔太郎の前まで歩出ると、無言で右手を差し出した。
その姿…いや動きは、まるでぜんまい仕掛けのロボットのようだ。
「えっと…、何でしょう…?」
差し出された右手の意味が分からず、翔太郎は首を傾げた。
「カードキーを貸して頂けないでしょうか」
「えっ、な、な、な、何で…?」
明らかに動揺したのを、榎本は勿論、成瀬も見逃すことはない。
「当然お持ちでしょ? 貸して下さい」
更に迫られ、追い詰められた翔太郎は、ツナギの尻ポケットに手を突っ込んだ。