第8章 008
一通り話を聞いた成瀬は、手帳に書かれた走り書きに視線を落とした。
不気味なくらい、重く暗い空気が部屋に漂う。
弁護士でもある成瀬以外の、その部屋にいる全員が、明らかに疑心暗鬼な状態になっていた。
ただ一人、大野智を除いては…
大野は、誰もが口を真一文字に結び沈黙する中で、時折小指で鼻を掘っては、うたた寝を繰り返していた。
恐らく、その態度が鮫島の感に触れたのだろう、鮫島はスッと立ち上がると大野の前に立ち、
「君、大野君と言ったか…。起きなさい」
特に諌めるでもなく、穏やかな口調で言った。
ところがそれも回数を重ねるごとに荒くなり…
「お、お、起きんか!」
とうとう怒りを爆発させた鮫島は、それでも尚呑気にイビキをかく大野の、ヨレヨレなスーツの襟を掴んだ。
それには流石に放って置けなくなったのか、それとも別の意図があったのか、それまで黙って様子を伺っていた榎本が、
「社長、ちょっと静かにして貰えませんか」
鼻息を荒くする鮫島を諌めた。
そして鮫島が元の場所に戻ったところで、静かに瞼を閉じると、耳元で自身の親指と人差し指を擦り合わせ始めた。
その姿を、成瀬と大野を除く全員が、訝しむでもなく、ジッと見守った。