第1章 :青嵐と不安と潮騒(彼女の世界と彼の世界)
この世界は残酷である。
辺り一面の赤い屋根がずらりと並ぶ街は、五年前に放棄された人間の住めない領域。
「ここは自分にやらせてください、兵長!」
活気溢れる若い青年は、そう言って立体機動に入った。アンカーを解き放ちながら向かうは、前方からのしのしとやってくる巨人を倒すべくだ。
兵長と呼ばれた彼は、自分の周りで待機する班員に指示を出す。
「俺たちはフォローに回る。行くぞ」
青年のあとを追って立体機動に移る。腰許の装置から噴き出るガスとワイヤーを使って、彼らは廃墟の街を鳥のように飛ぶ。
「張り切ってますね! 今日のあいつ!」
部下の一人が青年を笑った。
彼が唇を閉じたままでいると、ほかの部下が会話を繋いだ。
「いつも補佐ばかりだから焦ってるんじゃないか? 討伐数ゼロから脱したいんだろ」
「焦りからくるものだとしたら、いい傾向とはいえないわ。実力はおいおい付いていくものだもの」
班の紅一点が細い眉をきゅっと寄せた。
黒い前髪を風にそよがせる彼は、青年の肩を持つ。
「自分の力を試したいと思う野心は、悪いことじゃない。そろそろ経験させてやってもいい頃合いだと俺も思っていた。お前らもそうやって成長してきたろ」
青年がいまの班に入ってからは、彼がずっと指導をしてきた。素質もあり飲み込みも早く、なおかつ従順であるから教え甲斐があった。加えて小柄なのがまたいい――と思っていた。背の低い彼を、意図せず青年が見降ろしてくることは決してないからだ。
人間の敵である巨人はもう目の前だ。巨人の弱点であるうなじを、青年が狙いやすくなるように彼は声を張り上げた。
「足の腱を狙え!」
十二メートルもある巨人の腰や脚に、次々とアンカーが突き刺さっていく。遠心力を使ってぐるっと旋回する。飛び去る間際に、巨人のアキレス腱を両手の刃で削いだ。
二足歩行が保てずに、巨人は膝から崩れ落ちていく。そこへ青年が風を切る。
「化け物がぁぁ――!」
そして、うなじを見事に削いで巨人を絶命させた。
屋根に飛び移った彼は眼下を見降ろした。もくもくとした白い蒸気を体から発し、死んだ巨人はみるみる蒸発していく。
両手にべったりと付着した、腱を削いだときの返り血も、同じように蒸発していく。が、自然に消えていくのを待てなくて、彼はハンカチで拭う。
「きたねぇな」