第4章 雨月
side S
なにが起こっているのか
足が、床に張り付いてしまったように動かない。
大野が出ていってしまったリビングの出口を見たまま、動けなかった。
また、物凄い音が背後から聞こえて。
思わず振り返ると、ソファの置いてある後ろのドアが少し開いていた。
「智ーーーーーっ…ここを開けなさいよーーーっ…裏切り者ぉっ…裏切り者ぉぉぉーーーーーーーっ…」
さっきより鮮明に聞こえる、狂ったように叫ぶ女の声…
これは…大野の母親なのか…?
「出せーーーーーーーっここから出せーーーーーっ…」
金切り声とはこういうことを言うのかというほど、その絶叫は甲高く、耳が痛いほどで。
狂ってる…狂ってるんだ…
大野の母親…
足が、竦んで動けない
大野は…
もしかしてこんなのと毎日一緒に過ごしていたのか…?
この狂人の世話をしていたのか?
だから学校も休みがちだったのか?
「…大野っ…!」
そこまでわかった瞬間、足が動いた。
急いで床に落ちている鍵を拾って、家を飛び出した。
エントランスまで降りてマンションの周辺を探したが、大野の姿はどこにもなかった。
「くそっ…」
…母親を閉じ込めている状況は、たぶん大野にとってまずいことになる。
そう思って、部屋に引き返した。
もう何分も経っているのに、まだ大野の母親は叫び狂ってた。
”俺、もう限界だよ…”
父親は…何を…なにをしているんだ…
あんなに大野は助けを求めていたじゃないか。
「なんで…」
なんで大野をこんな中、一人で…
怒りが込み上げてきて…
頭に急激に血が登っていくのがわかった。