第8章 幾望
side S
…なんであの時、頭が真っ白になって動けなくなったか。
なんで裸の智をみて、怒りがこみ上げてきたのか。
智があいつに触れられて…俺は怒っていたんだ…
なにもかも捨てて…あいつを殴り殺そうと思うくらい、俺は…
大野の体に触れたあいつが、今でも許せない
考えないようにしてた。
必要以上に踏み込んで…他所の学校の生徒の家に押しかけたり、他人の家に忍び込むような無茶して…
普通だったら考えられないようなことを、俺はした。
それは俺が…智に惚れたから。
バカにされても仕方ないどんくさい俺に気を使ってくれたり、流血している俺にティッシュを差し出してくれた智が…
俺のハンカチを握りしめて、泣いていた智が。
怒りの全てを俺にぶつけて、俺に心を開いてくれた智が。
俺を求めてくれた智が。
愛おしいと、思ったんだ。
「俺も…好き…」
小さな小さな声で、智は答えて。
それきり何も言わなくなった。
助手席から、鼻を啜る音が聞こえて。
大事にしまっていたポケットティッシュを、差し出してやった。
「これ…」
「俺の大事なもんだから、大切に使えよ」
「翔…」
それは、あの日…智が俺にくれたティッシュ。
五関に勇気を与えた、ティッシュ。
そして俺にも…
「好きだよ、智」
もう一度、勇気を。
「これからずっと、俺と一緒に生きていこうな」
初めての甘いときめきを、初恋というのなら…
この初めて感じる愛おしさは、なんと呼ぶのだろう。