第1章 狐月
「おーし!待たせたな!」
引き戸を開けながら、なんとかギリギリ教室に駆け込んだ。
ダサかっこ悪いところを見せてしまったから、敢えて大野の座っている後ろの席は見なかった。
俺だって恥ずかしいんだい。
「センセー、その絆創膏どうしたの?」
「な。なんでもない、ちょっと急いでてな」
「あー!コケたんでしょっ?」
「俳句なんか詠んでるからだよー」
生徒たちが爆笑した。
しまった。口止めすんの忘れてた…
もう伝わってんのかよ、はええよ…
「朝から平安貴族みたいでいいだろ?さ、出席取るぞ」
出席簿を開いて、生徒の名前を読み上げていくと、早速3番目で止まった。
「お…大野…?」
居るはずの大野は、居なくて。
少なからずショックを受けた。
「大野…は…来てないのか…?」
大野の隣の席の仁科が机に突っ伏しながら手を上げた。
「ん?仁科?」
やっと顔を上げた仁科は、少し目を顰めると席を立って教卓の前まで来た。
そうだ、こいつ目が悪いんだった。
でも後ろの席から動こうとしないから、そのままになってる。
成績はいいから、文句も言えない。
「なんだ?」
「大野、帰りましたー」
「はあっ!?」
「気分が悪いとかで…俺が怒らせたから、怒らないでやってくださーい」
「はぁ…???」
「ということで、仁科出席してまーす」
きゅっと校内履きを鳴らして、仁科は踵を返した。
「お、おいっ…色々省略すんなっ!仁科!」
仁科が俺の顔を見て、吹き出した。
「ぶーーーっ…あの血、先生のだったの?」
「は?」
俺の額を指差して、笑い出した。
「大野追いかけようとしてコケたんでしょ!」
「なっ…見てたのか!?仁科っ…」
暫く…うちのクラスの爆笑は、鳴り止まなかった。