第36章 嵐 天主へ寄る
口惜しかった。
妬ましかった。
羨ましかった。
(あんな女っ)
嫌いだった。
認めたくなくても、自分より優れているのが分かった。
初めて会った時に感じてしまった。
(大嫌いッッ)
そう憎悪を燃やしている藤隆姫の耳に、
憎い恋敵の瑠璃を呼ぶ声が聞こえた。
「瑠璃」
見れば、声のした方には歩いてくる光秀。
(明智様?)
藤隆姫は耳を澄ます。
「久しぶりではないか」
「光秀様がお城にいらっしゃらないからですよ」
挨拶をするように軽やかに交わされる2人の会話。
「色々忙しくてな。
お前の琴でも聴きながら酒でも飲みたいものだ」
「私の琴はいつも光秀様の酒の余興ですわね…」
ハァ…とわざとらしく溜息をついてみせる瑠璃。
「誰も所望しないより良かろう?」
「…まぁ…いつ会って話しても、憎ったらしい人やわぁ」
憎ったらしい、と言いつつも楽しそうな瑠璃の様子。
(明智様…私にはあんな顔、お見せにならなかった…皆、誰も……)
『憎ったらしい』本気で思ったのは藤隆姫のほうだった。