第7章 ダークブラウン
しかしこれを話してくれたのは私が軽率に聞いてしまったからだ、彼の左側のことを。すべて話してくれた轟くんに、私はただそれは辛かったね、かわいそうだね、なんて表面的な同情の言葉も言いたくない。
私は少し考え、自分の本当の、率直な意見を声にだした。
それが彼に返せる、せめてもの礼儀だと思って。
『そうなんだね』
「…」
『…いいんじゃないかな』
「…?」
ずっとうつむいていた轟くんが、少し顔をあげる。
『あ、ごめん偉そうに。それは轟くんが決めたことだし、私がとやかく言う権利はないんだけれど』
私はそのまま外を眺めながら、続ける。
『…でも本当に、それが轟くんの目指しているものなら。私はいいと思う』
「目指す、か」
『うん…正直、私だったらもうちょっと違う方法を模索するだろうけど』
「…」
『まあそれは私の場合だし。結局は轟くんが決めることだから』
「……」
『ごめん、偉そうに』
「…いや、いい」
再び轟は視線を下げ、己の左手を眺めた。
「…お前結構はっきり言うんだな」
『ええ?そんなことないと思うけど…』
これでもだいぶ慎重に言葉を選んだつもりだったのだが、また自分で気づかずに失言したのだろうか。
なにがダメだったんだ…と頭を抱えればそれを見た轟の表情が少し緩んだ。
けして笑顔になった訳ではないけれど、先ほどまでの雰囲気が薄れ、初めて会った時の彼を思い出す。
またあの時と似たような沈黙が流れる。
穏やかな会話ではなかったけれど、轟とまた一緒にこうやって隣で座るのは案外心地がよかった。そのまま電車に揺られながら、電車のアナウンスが流れる。
『あれ、そういえば轟くん無駄なおしゃべりはしたくなかったんじゃなかったっけ』
「…そんなこといったか、忘れたな」
『え、うそでしょ…めっちゃ気使ったのに』
「さあな。俺はここで降りる…じゃあな」
『ええ…じゃあまた』
轟くんがそのまま降りれば、はてなを浮かべたまま取り残される私。
結局私の質問に答えてくれた彼に、どんな心境の変化があったのかは私にはわからない。
…まあ悩んでもしかたないか。
そんなことを思いながら、私は電車に揺られた。