第21章 サイン
なぜか少し残念そうにしている彼が手に持っているのはホームで売られていた駅弁で、コンビニの低クオリティお蕎麦より断然美味しそうだ。それでもこちらの蕎麦をひたすら眺めている轟に、私はついため息をもらした。
『食べる?』
「いいのか」
『いいよ、なんなら交換する?一口食べちゃったけど』
「いや、それはさすがにわりい」
『いいって、ほら。私もそのお弁当の方が美味しそうに見えてたし』
そう言いながら彼の手から駅弁を取り上げれば、私の持っていたお蕎麦を彼の前に突き出す。轟は一瞬困ったように固まるも、やがて嬉しそうな顔でお蕎麦を受け取った。
『あとこれもあげる』
「これは、なんだ?」
『ついでに買ってたプリン。そのお蕎麦とこのお弁当じゃ値段も結構違うでしょ、足りないかもだけど今はこれで勘弁して』
「そこまでしなくても、俺は別にソバだけで」
『いいってば、悪いから』
「…お前って結構頑固だよな」
『え、』
今度はプリンを押し付け始めた私に、轟は悪気もない様子で呟く。頑固だなんて初めて言われた、と少しショックで言葉を失っていれば、一瞬だけ小さく轟が微笑んだ気がした。
「これは二人で半分こしよう」
『半分こって…まあいいや、それで…』
それから各々交換した弁当を食べ終われば、私は先ほど問題になったプリンを開ける。
『はい、どうぞ』
「希里が食べたいだけ食べろ。もし残ったらそれをもらう」
『半分こでしょ、もう』
そう言いながらしょうがなく付属のスプーンを取り出せば、綺麗に半分だけ頂いた。初めて買ってみた商品だったがそのプリンはなかなか美味で、また今度買おうと心の中で思う。
そしてそのまま綺麗に半分だけ残されたプリンを轟に渡せば、素直に受け取り食べようと私がさっきまで使っていたスプーンを持った彼。しかしなぜか突然彼の手が停止してしまい、しばらくそのままプリンとスプーンを持ったまま固まった。
『え?なに、どうした?』
「いや…お前はいいのか」
『なにが?』
「その」
『もう、そんなに食い意地張ってないでば!いいってほら』
私がそう彼を催促すれば、轟も諦めた様子でプリンを容器からすくい食べ始める。なぜか少しぎこちなかった彼だったが、すぐさまその美味しさに気づいたのかあっという間に平らげてしまった。