第1章 協奏曲 ─concerto─
フロアの時計の針は17時を指している。
もう直ぐ終業の時間だ…
来週に回してもいい仕事は、もう手を付けなかった。
俺にしては珍しく、デスクの上を片付け始めて、
『私、定時で上がりますから』オーラを出しまくった。
その作戦が功を奏してか、新しく問題を持ち込むやつもいない。
厄介な相談に来るやつもいない。
『よしっ!!』
心の中で気合を入れて立ち上がり、
「今日はこれで上がるから。」
宣言してバックを持った。
廊下に出ると、丁度俺を迎えに来た智くんと鉢合わせた。
「おっと、グッタイミン!」
「ちゃんと上がれたんだね~」
「俺がその気になればちょろいもんよ♪
さあ、行こうか?」
「翔ちゃん、あれは?」
あれ??
智くんが言う『あれ』が分かんなくてキョトンとする俺に、
「ほら、昼間、営業のマドンナから、デレデレしながら貰ってた紙袋…」
「あ、いっけね!」
急いで取りに戻ると、それはデスクの端にきちんと置いてあった。
忘れて帰るところだった~!それはいくら何でも失礼だよな…
袋を持って何気に彼女の方を見ると、浜辺さんも俺の方を見ていた。
俺は、忘れて帰ろうとした罪悪感もあって、とびっきりの笑顔で、その紙袋を上げてみせた。
彼女は、安心したようににっこり笑って軽く小首を傾げた。
「……ああいうの、どうかと思うけどね~…」
その数秒のやり取りを見ていた智くんが、面白くなさそうにぼそりと言った。
なんだよ~、自分が忘れてるって教えてくれたくせにさ。
「ありがとね~、教えてもらって。後で一緒に食べようか~」
「…いらない…翔ちゃんがもらったんだし…
翔ちゃんに食べて欲しいんでしょ!」
……なんだよ~、忘れてるってちゃんと教えてくれといて、結局ヤキモチじゃん…
まあ、いつものことだけど…