第1章 協奏曲 ─concerto─
慌てて周りを見回してみたけど、金曜日の朝だ。
皆、忙しそうにしていて、俺と雅紀の可笑しなやり取りなんか、誰も見ていなかったみたいだ。
「よかった…」
ホッと胸を撫で下ろした。
それにしても…あいつ…
ぺらぺら喋りやがって///
よく注意しとかないと。
…とは言っても、そんな注意を聞く気も無い事は、俺が一番分かっている。
口を酸っぱくして注意しても、『分かってるって♪』なんてへらへらと受け流し…
俺の言う事なんか聞きやしない…
まあ、そこが可愛いとこでもあるんだけど…
彼の柔らかい笑顔を思い出して、思わず緩んでしまった頬を、片手で口元を抑える振りで隠した。
ダメだ!こんなんじゃ!!
今日は残業する訳にはいかないんだから。
いつもよりギアを上げてやんないと!
気持ちを切り替える意味で、肩を大きく数回回して、俺はパソコンの画面を立ち上げた。
「櫻井課長。昨日の企画書の件で、ご相談が…」
仕事に没頭していた俺に、おずおずと声をかけて来たのは、営業に配属されたばかりの浜辺さん。
俺の直属の部下で、唯一の女の子。
「ああ~、あれね。目を通して、直した方がいいところはチェックしておいたよ~、見た?」
「はい。ありがとうございました。」
「うん。」
「…」
「…??」
後…何だろ?
「これ…」
「これ…?何?」
彼女は、小さな紙袋を遠慮がちにそっと差し出した。
「夕べたくさん作っちゃったので…よかったら…」
「たくさん…?」
紙袋を覗き込むと、ふんわりいい匂いがした。
「パウンドケーキです…お菓子りが趣味なので…だから、その…ご迷惑じゃなかったら…」
「いいの?俺がもらっても」
「はい!櫻井課長に食べていただきたくて…」
「ごほんっ!んんっ///」
そこに、間が悪いことに智くんが現れた。