第2章 不言色 ―いわぬいろ―
「よろしくお願いしま~す」
挨拶してフロアに入ると、店長の松岡さんがちょいちょいと手招きした。
「なんっすか?」
近寄ると、肩を掴まれて。
隅っこへと連れていかれた。
「おまえ…大丈夫なのか?」
「へっ?なにが?」
声を潜め、真面目な顔でそう訊ねてくる。
「…あっちの仕事。変なやつに付け回されてたりしてねぇよな?」
「あ~…いや、そんな覚えないけど?」
松岡さんは高校の先輩で。
俺の夜の仕事を唯一知る人だ。
「そ、か。ならいいんだけどよ」
「…なんで?」
「いや…さっき店にいた客がな…おまえを、探してたから」
「え…?」
「なんか、ずっとキョロキョロしてて…もしかしてって思ってたら、帰り際におまえのこと聞いてきやがって…」
それって…もしかして…
「おまえに確認してもらって、もしストーカー紛いの奴だったらとっちめてやろうと思ってたのに…」
「ええっ!?ちょっと、それダメだからっ!」
ジョーダンじゃないっ!
強面の松岡さんにとっちめられたら、もう二度と会ってくれなくなっちゃうじゃんっ!
「ん?ダメなのか?」
「そう!あのこ、俺の大事なおきゃ…友だちだからっ!今度来たら、歓迎してあげてよっ!」
「友だち…?おまえに…?」
「そう!」
ぶんぶんと何度も首を縦に振ると。
松岡さんはパチパチと何度か瞬きをして。
「おー!そっか!おまえにもついに、友だち出来たかーっ!」
突然、店内に響き渡るような大声で叫んで、俺をハグした。
店の中にいるスタッフとお客さんが、何事かと一斉にこっちを振り返る。
「ちょ、ちょっと、松岡さんっ…」
「いやー、よかったよかった!お父さんは嬉しいぞ~!」
「わかったからっ!みんな見てるからっ…」
逃れようともがいたけど、ガタイのいい松岡さんの腕はがっちり俺を押さえ込んでいて。
俺はその腕のなかから、みんなに向かってペコペコと頭を下げるしかなかった。