第2章 不言色 ―いわぬいろ―
その日は外回りで恵比寿に来ていた。
舗道を急ぐ俺の目に飛び込んできたのは、いかにもな黒塗りの車…
開かれた後部座席…
車から降りた人の直ぐ後から、小柄な女性が出て来た。
そしてその手をスマートにとった人……
「……翔…」
俺が青春のすべてを捧げて愛した人。
「カズ…」
俺に気づいた翔は、大きな目を見開いた。
「翔さん?お知り合い?」
翔の腕に凭れたその人は、
小首を傾げて俺を見た。
「……」
軽く会釈をして、俺はその場から急ぎ足で離れた。
なんで?
どうしてこんなところで会うんだよ!?
自分の運の悪さを呪いながら、大股で彼から離れた俺は、そっと振り返った。
すると、レストランに吸い込まれる直前、彼も俺の方を見た。
……翔………
ほんの少しだけ、悲しそうに眉を潜めた彼は、女性の肩を抱いて建物の中に消えた。
………俺との純愛よりも、
大企業令嬢との結婚で得られるものを選んだ人……
なんで、
そんな顔、するんだよ…
今さら…
俺を捨てて
あの人を選んだくせに……
なんで……
どうして………
『……カズ……ごめん…』
あの人の最後の言葉が蘇る。
『…幸せになってくれ…』
あなたがそれを言うなんて!
あなたがいなきゃ、幸せになんかなれるはず、ないのに……
あの夜の光景が、
俺の心の傷を抉った。
翔……………
急いで帰ったマンションの棚の上に、その薄緑はまだあった。
気が付いたら俺は、その番号をタップしていた。
『お電話ありがとうございます。
心の隙間、お埋めします。
相葉です♪』
リズムを刻むようなその言い方に、思わず笑みが溢れてた。
「あの…レンタル、したいんだけど…」