第3章 ヒペリカムの咲く庭で
『あいつは、いつも家族を想っていた。
ポケットに写真なんか入れてな。ことある事に見せては、自慢の娘だ、俺にはもったいないほどよく出来た妻だって、惚気けるんだ。
………そんなあいつが、あるとき軍部の考えに異を唱えた。
除隊やら階級剥奪やらでだいぶ脅されたらしいんだが、それでも考えは変わらなかった。
それで……
……意に沿わない危険分子と見なされたあいつは、粛清されたんだ……っ』
「…そんな……っ」
「酷すぎる……」
「奥様は、グロリオサ中佐の後を追われたそうよ……。そして、娘のミオソティスだけが遺された……」
「………っ」
「……かわいそう…っ」
カトレアは、社長が依頼を断るつもりだったこと、行くと言って聞かないヴァイオレットを止めたこと、人の目を盗んでヴァイオレットが代筆に向かってしまったことを2人に伝えた。
3人の間に、痛く哀しい沈黙が流れる。
「………ヴァイオレット、帰ってきますよね…?まさか本当に、亡くなったご両親へ手紙を」
「馬鹿なこと言わないでくださいエリカさん!!ヴァイオレットは、絶対、帰ってきます!カトレアさん、そうでしょ!?」
「………わからない」
「…わからないって……そんな…」
「………ヴァイオレットも、大切な人をなくしているの。あの子はまだ、その事が忘れられずにいるのよ…」
「でも!!!」
「信じるしかないの…っ、私たちは、ヴァイオレットを信じるしか……っ、それしか出来ないのよ…っ!」
靭(しな)やかな長い指をきつく組み結んだカトレアの言葉。
コンコン、と代筆依頼のノックで仕事に戻った3人の胸の中は、人の心に触れて悩み、笑って、泣いて、それでもドールとして手紙を書き続けるヴァイオレットがいた。