第3章 ヒペリカムの咲く庭で
ぴったり1時間後、ヴァイオレットが降りてきた。私と対面する席に腰掛けて、鞄からタイプライターを取り出して目の前に置く。それから手袋の中指の先を噛んでゆっくり手を引くと、鈍く輝く骨組みだけの義手が現れた。
「お待たせしました。代筆を承ります」
「まず、お父様への手紙を書くわ」
「はい」
カチャリ……
「親愛なるお父様へ」
カシャンカシャンカシャンカシャン
小気味よく響くタイプライターの音は、私が話すスピードそのままに淡々と鳴り続ける。続けてお母様への手紙も書き終わり、誤記の確認をするために受け取った紙は、きちんと手紙になっていた。
「…………」
「こちらでいかがでしょう」
「……報告書じゃ、ないのね。初めて手紙の代筆したとき、報告書だってお客を怒らせたじゃない」
「………代筆を通して、少しずつですが、分かるようになったのです」
「ふぅん……」
半分、投げ出すように手紙をヴァイオレットへ返すと、大切そうに折り畳んで赤い封蝋を押した。
「お嬢様」
「なに」
「宛先を承ります」
「…本当に届けてくれるの?どこへでも?」
「はい。必ず届けます」
「じゃあ届けてきてよ。天国に」
「……………それは…」
ヴァイオレットが困ったように俯く。
当たり前よね。手紙を届けたい相手はとっくに死んでるんだもの。
「あなたは、必ず届けると言ったけれど、まさか本当に届けられるわけないわよね。…死んだ人間は帰ってこない。手紙どころか、会うことさえ出来ない」
「…申し訳、ありません。…それは…伺っていませんでした」
「私の目を見て。謝ってほしいわけじゃない、届けてきてよって言ってるの。出来るんでしょ?必ず届けるんでしょ?」
「………申し訳、ありません…」
「ハァ……もういいわ。代金はお支払いしますから、どうぞお帰りください」
あの日見たのと同じように、項垂れているヴァイオレットを置いて、自室へと引き上げた。