第1章 俺の子を孕(う)め
「おはよう真白、今日もかわいいね」
ちゅ、て。
行ってきますのキスを置き土産に。
婚約者である彼、篝 薫(かがり かおる)、は。
颯爽とスーツを完璧に着こなしつつ、出勤していった。
あたし。
神谷 真白。
先月婚約者の勤める有名企業の内定が決まった。
ついでに数ヶ月後、高校を卒業したら幼なじみの彼と結婚も決まってる。
上手くいきすぎて怖すぎるくらいに、あたしの人生順風満帆だった。
そう。
『だった』。
あたしは今日この日、車に跳ねられて死んでしまったから。
「………っぁ、ったたた」
何があったんだっけ。
確か朝、薫と別れて高校に行く途中だったのは覚えてる。
そこの信号で信号待ち、してて。
……して、て。
そう、だ。
確かトラックが突っ込んで来て。
そして。
「………あたし、死んじゃったの!?」
見渡す限りに回りにはなんにもない。
寒さも暑さも感じない。
都市伝説的な噂で、死後の世界、なるものは聞いたことあるけど。
そう、ちょうどこんな感じで。
「嘘でしょ」
ペタン、と。
地面に座り込む。
あたし、ほんとに死んじゃったの!?
あたしの人生、これからなのに?
これからバラ色な人生がスタートするってゆーのに?
酷すぎない?
あんまりじゃない?
「そうだねぇ、あんまりだよねぇ?」
「え」
急に目の前に現れた男の子に、一瞬瞬きしつつ、そのまま後ずさった。
だってだってだってだって!!
浮いてる?
いゃ、てゆーか、逆さまっ!!
目の前にある顔は同じ位置、だけど、あぐらかいて宙に浮いてる体は、位置が逆さまだ。
「な……っ、浮いてるっ」
「だって幽霊だもん」
「━━━━━━━━━━」
あはは、なんて笑うあどけない笑顔の少年は。
くるりと向きを変えて地面にトン、とゆっくり足を着いた。
「はじめまして、神谷 真白さん」
ゆっくりと右手を腰へと回して、深々と頭を下げる様はまるでどこかの執事みたい。
じゃ、なくてっ。
「なんで、なま、え……っ!?」
「ああ」
決まり悪そうに彼は頬をポリポリと掻くと。
「あなたは手違いで、ここに連れてこられたのです」
にっこりと満面の笑みを、浮かべたのだ。